【会員の新刊紹介】芦原伸著『へるん先生の汽車旅行』

◇芦原伸著『へるん先生の汽車旅行』
(集英社インターナショナル/1700円+税)

日本文化の紹介者として知られる小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が明治時代にアメリカ、カナダから東京、横浜、松江、熊本、神戸、そして再び東京で生活した日々をたどり、豊富な資料を組み込んで興味深い八雲論を展開する。
副題に「小泉八雲、旅に暮らす」とあり『旅と鉄道』編集長の著者はハーン・八雲の足跡を追って鉄路延べ1万7千㌔の取材旅行をこなし、日本人の生活文化や庶民芸術を愛した八雲の生きざまに著者の現代紀行を重ね合わせ、巧みな分析、文章力で表現する。

ギリシャに生まれアイルランドで育ったハーンは家庭に恵まれず極貧生活を余儀なくされ19歳のとき移民船でニューヨークへ渡った。
西部開拓の野望息づくシンシナティで植字工など経てルポライターの頭角を現したが、生活苦は続き40歳で維新後ブームの日本へ行き珍聞奇談を原稿にしてひと稼ぎしようと目論んだ。
明治政府の「お雇い外国人」の厚遇と縁遠い来日だったが英語教師に推される機会を得て松江に赴任し、その際契約書に片仮名で「ラフカヂオ・ヘルン」と記され「へるん先生」と親しまれる。
当初好奇の目で見た日本に住むうち歴史・文化・人情にひかれ、藩士の娘小泉セツと人生を共にした。
松江在住1年2カ月余りで熊本五高教師に栄転、日清戦争のさなか神戸で英字新聞の論説担当を務め帰化したあと、東京帝国大学講師と著作活動で約8年の東京生活を過ごし1904(明治37)年に54歳の生涯を安らかに閉じた。

数多くの紀行文やノンフィクションを手掛ける著者は八雲がtsunami(津波)の言葉を世界に発信したジャーナリストの関心から書き下ろす。
東日本大震災の発生前から3年がかりで取材執筆し、「ハーンはいかなる人物だったか」「ハーンの愛した日本とは一体どんな国なのか」、八雲とその時代背景、日本の近代史に踏み込んだ記述とともに、鉄道サスペンス小説のように時刻表まで参照して軌跡を分析し糸をほぐす手法は、旅や鉄道好き読者の好奇心も十分に満足させる。
(文・林 莊祐)
                       
=「旅びと」2014年4月号掲載