赤澤 信次郎

 
長野県白馬(はくば)村。北アルプス後立山(うしろたてやま)連峰の主峰・白馬(しろうま)岳の麓に広がるスキーと温泉の中心地。長野五輪では村内のジャンプ台で“日の丸飛行隊”の金メダル伝説が生まれ、美しい名前が日本中に知れ渡ることになった。 

あれから17年。いま村をめぐる話題は、外国人観光客が殺到する「国際リゾート化」と、アンチエイジングに効くという水素の温泉だ。太古から変わらない白い峰の下で大きく変貌する村を訪ねた。

北陸新幹線・長野駅から白馬村までは、車で1時間足らず。白馬八方尾根スキー場を経営する八方尾根開発の顧問・平林博文さん(68)が言った。「まずは白馬三山を見ていただかないことには…」。後の言葉は「話が始まらない」と受け取って、案内を請う。だが、これが難題だった。

白馬村の標高は約700m。延長6kmの黒菱林道を走り抜けた車は、標高1200mの北尾根高原を経て黒菱平(標高1680m)へと上って行く。春から秋まではリフトを乗り継いでここまで来られるが、リフト営業は11月1日まで。いまはスキーシーズン本番に備えて整備点検休業中だ。

この日、麓の天気は晴れ。しかし、あいにく標高1000mから上はすっぽり霧に包まれたらしく、視界は30~40mしかない。あきらめて、いったん山を下りる。

村内で細野諏訪神社の杉の巨木や大出地区の里山風景を見た後、この日の宿、「しろうま荘」に入り、主人の丸山俊郎さん(41)から最近の外国人客事情について聞いた。

オーストラリア人スキー客を中心に「HAKUBA」人気に火がついたのは6、7年前のこと。長野五輪をきっかけにこの地に魅せられた同国人らが村内に定住したのが始まりで、それまで人気集中していた北海道ニセコが受け入れの限界に近付いたこともあり、定住者や来村者の口コミから「ニセコに負けないパウダースノー」「スキー以外の楽しみも多い」と評判が広がった。一方、村側にも海外居住経験のある丸山さんらを中心に、外国人受け入れの機運と態勢づくりが進んだ。

ここ3、4年、状況は一層“進化”している。台湾、タイ、カナダ、米国などのほか、フィンランドをはじめ北欧の人も目立つ。世界最大の旅行口コミサイト「トリップ・アドバイザー」の「人気観光都市(ベスト・デスティネーション)2014」では、1位東京、2位京都、3位大阪、そして、4位が白馬村だった。

現在、村内に約300軒ある宿泊施設の約3分の1が外国人客に対応していて、年末から3月中旬までの時期は、どこも満員状態。外国人客は6~10泊の連泊が普通で、八方尾根観光協会宿泊部長でもある丸山さんらの試算では、年間の外国人宿泊者は約30万人泊(人数×宿泊日数)。シーズン中の平日に限ると、外国人率は90%を超える。

宿で出会ったのは、米国人のジョン・パターソンさん(66)とグラジナさん(63)夫妻。昨年、村を訪れた息子さんに強く勧められて来村したという。和風に洋風を取り入れた館内で、すっかりくつろいでいた。

村人の意識も変わってきた。初めは外国人の前に出るのも尻込みしていた丸山さんの母みすずさん(70)も、外国人特有の開放性と明るさが気に入り、いまではブロークン英語で国際親善を楽しんでいるという。  

翌朝は6時前に起き出して、再び黒菱平を目指す。「霧がどんどん上がってますね。これは、上に抜けますよ」という平林さんの言葉の通り、山頂が見え隠れしだした。「白馬三山」とは、南から順に白馬鑓(やり)ケ岳(2903m)、杓子岳(2812m)と並び、一番奥が「日本百名山」の白馬岳(2932m)だ。1時間近く粘ってやっと白馬の山頂をとらえることが出来た。「頂上の真下に大雪渓があって、そこから霧が湧いているんです」と平林さん。

朝食後、村のスキージャンプ競技場へ。長野五輪で原田雅彦選手らが団体金メダルを獲得した感動シーンがよみがえる。同大会で個人ノーマルヒル7位に入賞した葛西紀明選手は、いまも世界の第一線で活躍中。レジェンド(生きた伝説)そのものだ。

ジャンプ台のスタート地点にはリフトと展望エレベーターで上れる。最後は、百数十メートル下まで透けて見える金網階段。足が震えた。最上段の眼下には美しく広がる白馬村。でも、競技中の選手にはこの眺めも目に入らないだろうなと思った。

この後、白根八方尾根温泉の日帰り温泉「おびなたの湯」につかる。ここの温泉水はPH11を超える強アルカリ性で知られていたが、さらに日本で唯一、高濃度の水素を含んでいることが最近の研究で明らかになった。入浴や飲泉によって体内に水素が取り込まれると抗酸化作用が働き、老化防止効果があるという。地元は観光の新しい目玉にと勢い込んでいる。

開放感いっぱいの露天風呂から仰ぐと、小日向山の上の青空にぽっかりと白い雲。水素の効能のほどは自覚しなかったが、アンチエイジング効果があったことは確かだ。

(2015・11・10付『東京中日スポーツ』『中日スポーツ』から転載)

【ガイド】
《あし》

東京―長野は北陸新幹線『かがやき』で約1時間20分。長野駅東口―白馬駅はアルピコ特急バスで約1時間5分。

《問い合わせ》

白馬村観光局☎0261(72)7100、八方インフォメーションセンター ☎0261(72)3066。

《あじ》 
『おひょっくり』 厳しい白馬村の暮らしの中から生まれた田舎料理。手羽先からダシを取り、地粉で作ったスイトン団子、豚肉に大根、ニンジンなどの地元新鮮野菜をたっぷり入れて煮込んだ信州味噌仕立ての鍋。スキー場で大人気だったことから、6年前、村内北城に「おひょっくり八方本店=☎0261(72)2661=が開店。単品530円。白馬八方温泉の湯で練り上げたつるつるのうどんと合わせた「温泉うどんセット」が1000円。冬の店内は外国人客で大にぎわいだ。
【寄り道】
「大出吊り橋」
白馬駅東口近くの白馬村大出地区にはかやぶき民家も残っていて、懐かしい里山風景が広がる。姫川の清流にかかる「大出吊り橋」付近は絶好の撮影ポイント。休日にはたいていアマチュア・カメラマンや日曜画家の姿がある。お天気に恵まれれば、橋の向こうに白馬三山をはじめとする北アルプスの山々が望める。

【ただいま!】
雪のシーズン間近。だが、近年、全国どこのスキー場も苦戦が続いている。下手は下手なりにスキーのワクワク感を知る世代としては、外国人客たちの興奮ぶりが何だかまぶしい。若者よ、スキーを履こう、と言いたい気分。

水素の効能で売り出し中の白馬八方尾根温泉「おびなたの湯」

霧の合間に顔を出した白馬三山。左から白馬鑓ケ岳、杓子岳、白馬岳=黒菱平から望む

しろうま荘主人の丸山さんと談笑する米国人客

2015・11・18サイトにアップ

赤澤 信次郎