神々がおわします山に暮らす人たち。古くから熊野信仰に守られた奈良県の十津川村は、私のように近畿地域に住む者にとっても秘境である。昔から興味があった十津川温泉を、5月26日(2015年)にようやく訪れた。

車で、五條市から国道168号を70キロ余り走る。この道は、一般道の路線バスとしては日本一長い距離を走る「八木新宮特急バス」(奈良交通)のルートだ。このバスは、近鉄電車・大和八木駅から、JR新宮駅を結ぶ。距離166.9キロ。1963年に開通し、2年前には50周年を迎えた。十津川温泉に向う途中、このバスに出会った。

山深い十津川村の風景

十津川温泉は数軒の宿が十津川(熊野川)を眼下に並ぶ。平成16年に、「源泉かけ流し宣言」をしたことでも有名。私は、温泉の中心地から少し離れた一軒宿の「静響の宿 山水」に向った。こぢんまりとした露天風呂の四方が、びっしりと折り重なる山である。「いったい、自分が走ってきた道はどこを通っているのか…」。そんなことを考えながら、徐々に時間が止まっていくのだ。

熊野三山の奥の宮、玉置神社

十津川温泉の客の多くが、玉置神社に詣でると聞いた。国道から10キロ余りの道を、車でよじ登るように走る。海抜1000メートルの駐車場に車を止めて、意外と平坦な参道を15分ほど歩く。熊野三山、すなわち、熊野本宮、速玉、那智の各大社の「奥の宮」といわれるだけあって、狭くても荘厳な境内である。後白河院、和泉式部が参詣した記念の石塔がある。帰りには、駐車場にある茶屋で、名物の「めはりずし」をほうばった。

日本有数の谷瀬の吊り橋

十津川の名が近代の歴史に現れるのは、幕末の「十津川郷士」だ。勤王の思いが強く、時代の回り舞台で存在感を示した。帰路、日本一有数の長さ297メートル、高さ54メートルの「谷瀬の吊り橋」に立ち寄った。高所恐怖症にとっては、写真を撮るだけでも怖かった。

京都在住のフリーライター・井上 年央
投稿日:2015年5月30日