もう一昨年のことになる。南東北の鎌先温泉に出かけてびっくりした。街角に『あの片倉小十郎の白石城はここ』という看板が出ていたからだ。たしかに片倉小十郎が白石城にいたことも、知識の片隅にはある。だが看板には「あの」と書いてあるのだ。誰でもご存じでしょう、あの片倉小十郎ですよ。と呼びかけている。ぼくは年寄りだから、戦前の講談社版少年講談シリーズはほぼ読了した。だから『伊達政宗』を読んで、彼の右腕だった片倉小十郎の名も知っていた。だがこの人が「あの」の冠詞がつくほど活躍したっけか?
首をかしげた後でやっとわかった。テレビゲームからアニメに移植された『戦国BASARA』だ――ヒットした同作は荒唐無稽にも、真田幸村と伊達政宗を対峙させたので、片倉小十郎大活躍の場面がつづいていた。もちろん登場する武将や豪傑は片端からイケメンばかりで、女性ファンを大量に獲得した結果、「あの」小十郎さまは歴史から独立したスターになったのである。観光地や旅館はユーザーに訴求するストーリー性が必要と、かねがね専門誌は説いていたが、意外な分野から若者層にアッピールするロケーションやキャラクターが出現していたのだ。
女子高生が旅館の仲居をつとめた『花咲くいろは』は北陸の温泉地が舞台であり、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(長いタイトルだが、去年出たアニメの中でも名作と定評がある)は秩父が舞台であった。「地の利を十二分に生かしたこれらの作品は、普段アニメにふれなかった人たちにもいきわたり、熱心なファンはその舞台に旅をする『聖地巡礼』をすることもしばしばでした」(オトナアニメ年鑑2012より)。
すでに各地で似た状況が起きていて、その都度マスコミが取り上げたりするのだが、聖地に擬された土地の観光団体に、どの程度の自覚があるかぼくにはよくわからない。ごく最近のテレビアニメ『輪廻のラグランジェ』(ラグランジュは数学用語であり天文学でも使われる)の冒頭は、千葉鴨川からスタートしていて、学校名にもヒロインの台詞にもカモガワの名は頻出する。地域ぐるみの知名度向上作戦かとも思ったけれど、クレジットを確かめたわけではない(今夜これからストーリーミング配信にあたるつもり)。
そうした現実の観光地を、最初から意識的に映像(年配の人は映画を想像するが、テレビ・アニメ・ゲームの方がより機動性に富むツールだ)の素材に提供することで、海外へ流れることの多い若者に、新しい魅力を発見させることができないか?
実は仕事部屋を置く熱海でも、それに類する計画が胎動しつつある。ぼくの本業はミステリだが、テレビアニメも『鉄腕アトム』から『名探偵コナン』まで関わってきただけに、もしも旅行業界を活気づけるお手伝いができるようなら、八十歳の手習いをためらうまいと思っている。