5月16日の「旅の日」を迎え、今年も「旅の日」川柳を終えることができました。ご応募していただいたたくさんの皆様、大変ありがとうございました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。
さて、今年印象的だったのはやはり新型コロナウイルスについての句でした。大賞の作品も「テレワーク」という言葉が入り、優秀賞にも「不要不急」が登場しました。良きにつけ悪しきにつけ、皆さんの関心が高かったことは確かでしょう。
また、休校になっていたにも関わらず中・高校生の皆さんからも多数の応募がありました。取りまとめをされた先生の皆さんに感謝します。
「旅の日」川柳は来年も行われます。今年以上に多くの皆さんの投句をお願いします。ありがとうございました。(「旅の日」川柳担当 佐藤晃子)
大賞、優秀賞、乳頭温泉郷賞、入賞の各作品が決まりました
(敬称略)
【大賞】
一年中旅館でしたいテレワーク タピ岡子規(愛知県名古屋市 男 27歳)
【優秀賞】
頬づえを付いた車窓の先は海 中野弘樹(埼玉県春日部市 男 60歳)
新婚の旅もスマホがパートナー 藤田留実子(秋田県能代市 女 40歳)
また今年稲の匂いを嗅ぎに行く やーくん(神奈川県小田原市 男 62歳)
ふるさとへ行く日もいつか旅気分 牛窪伸幸(山梨県上野原市 男 70歳)
夢に見る不要不急のひとり旅 渡辺廣之(大阪府大阪市 男 66歳)
【乳頭温泉郷賞】
こんなにも星が有ったか旅の空 伊藤晴夫(千葉県千葉市 男 81歳)
【選評】 こんな時こそ川柳を
【選者】
(一社)全日本川柳協会副理事長
獨協大学オープンカレッジ講師
江畑 哲男
旅、どころではない。
川柳、どころではない。
いま正体不明のウイルスが世界中を跳梁跋扈している。「COVIー19」「武漢肺炎」「中国ウイルス」「新型コロナウイルス」といった名前のウイルスが。
新型コロナは、人間から楽しみを奪った。さらに、人と人とのつながりまでも奪おうとしている。
「『人』という漢字は、ヒト同士が支えあっている形をしています。だから、お互いに支えあうのが人間なんです!」、かつて武田鉄矢演じる金八先生はこんな解説をしていた。(漢字「人」の成り立ちには諸説あり、念のため)。
「人間」という熟語は「にんげん」もしくは「じんかん」と読むが、「にんげん」は「ヒト」を指し、「じんかん」と読めば「世間、世の中」の意味になる。 今次コロナ禍は右の意味でのヒトと、ヒト同士のつながり、「世間・世の中」を奪いつつある。
二〇二〇年四月十八日現在、感染者数は世界で二三〇万人を超え、死者は十六万人弱に上っている。わが国でも四月十六日、「緊急事態宣言」の対象地域を全国に拡大せざるを得なくなった。
まさに、旅どころではない。川柳どころではない。そんな厳しい状況に私たちは置かれている。緊急事態宣言下では、不要不急の外出自粛が強く要請された。それが感染拡大防止の一番の特効薬らしいのだ。
考えてみれば、ヒトの営みには必要火急なものと不要不急のものとがあるようだ。両者を比較して、必要でないものはこの際カットされる。合理的な結論では当然そうなる。川柳はモチロン後者。旅も後者であろう。
その一方、人間が人間らしく暮らすためには不要不急の要素もまた欠かせないものである。この点もまた今次コロナ禍から教わった。不要不急の要素の大切さを、いま皆さんも噛みしめておられることだろう。
こんな折だって、いやいやこんな時だからこそ、川柳が必要なのだ。旅がしたいのだ。
川柳仲間からは切実な声をたくさん頂戴している。声の一部をご紹介しておこう。
「私から句会を奪ったコロナ、憎っ!」、「早く句会で皆さんとお目にかかりたいものです。」、「暇を持て余しています、ストレスが溜まっています。」、「川柳誌のつながりを感じております。雑誌を隅から隅まで読みました。」、「川柳のお蔭で、自粛生活も退屈しないで過ごせています。」、……。
川柳は、所詮不要不急のもの。それは間違いない。しかし、不要不急だからこそ川柳が面白い。滋味がある。人間的な魅力があるのだ。
入選句をご覧いただきたい。共感できる川柳がたくさん掲載されているはず。「そうそう、わかるわかる」、皆さんの感想がここまで聞こえてきそうだ。
閉ざされた空間の中でも、心だけは自由でありたい。「川柳の魅力を再発見しました」、そのような声に小生自身が励まされて、今回の選を終えることが出来た。感謝、感謝。
生きていることは素晴らしい。不要不急の要素も含め、ごくごく当たり前の生活を営めることは、ナント幸せなことよ! そんな人間的な共感を胸に刻みながら、「旅の日」川柳入選作をご一緒に鑑賞しよう。
たくさんのご応募、本当に有難うございました。(応募者数二八八二名 、応募総数六
一〇八句)
大賞(一句)
一年中旅館でしたいテレワーク (タピ岡子規)
第十二回「旅の日」川柳大賞にはこの作品を推す。「テレワーク」の一語がいかにもタイムリーだった。
その昔、文豪たちがしていたように、温泉地で原稿書きが出来るのならそうしたいものだ。名所旧跡をぶらぶらしながら収入が得られるものなら、さぞ幸せであろう。
折しも、新型コロナ禍のまっただ中である。緊急事態宣言下ではテレワークが推奨されている。残念ながら、仕事場は温泉地ではない。狭い自宅。自宅に籠もってパソコン中心の仕事に追われるから、ストレスは相当に溜まる。
受賞作品は、自身の願望を素直に詠んでいる。そこが良かった。
優秀賞 (五句、順不同)
頬づえを付いた車窓の先は海 (中野弘樹)
文学的な香を漂わせる作品。ひとり旅であろうか。あるいは、失意の旅かも知れぬ。「頬づえ」を付いて、列車に揺られている作者がいる。
「車窓の先は海」というまとめ方。余韻・余情をもたらすこの体言止めが、技巧的で素晴らしかった。
新婚の旅もスマホがパートナー (藤田留実子)
〈現代〉をよく捉えた作品になっている。新婚さんにはスマホは不要? いえいえ、そんなことは全くない。若者にとって、スマホはなくてはならないモノ。一種の生活必需品なのだ。そのスマホをも良きパートナーとして、新婚の旅が続くのだろう。
また今年稲の匂いを嗅ぎに行く (やーくん)
「稲の匂い」が抜群によい。よ~く、効いている。一定の年代以上の人たちにとっては、「稲の匂い」は格別なのだ。この一語が、強烈な存在感とノスタルジーを醸し出している。
ふるさとへ行く日もいつか旅気分 (牛窪伸幸)
ふるさともだんだん遠くなってしまった。自身の高齢化に加えて、ふるさとの変化や代替わり等がある。以前なら、気楽に帰って勝手に戻ることが出来た。いまはそうはいかない。良くも悪くも、「旅気分」にならざるを得ないのだ。
夢に見る不要不急のひとり旅 (渡辺廣之)
「不要不急」ねぇ。今年の流行語の一つにきっとなる熟語であろう。緊急事態宣言下では致し方ないことなのだが、その一方で、「不要不急」の旅こそ最高の贅沢かも!? 夢にまで見るひとり旅、に違いない。
乳頭温泉郷賞(一句)
こんなにも星が有ったか旅の空 (伊藤晴夫)
もしかしたら、類想はあるかも知れぬ。しかし、冒頭の「こんなにも」に作者の実感がこもっている。ここがよい。加えて、「星が有ったか」とオドロキの疑問符を付け足した。読者の共感を誘う言い回しになっている。
【入賞作品】
(五十八句、順不同)
旅先で探し続けるフリーWiFi コキユマジタ(富山県)
通勤のルートを変えて旅とする ひいろ(大阪府)
新蕎麦の幟見つけて途中下車 タムチャンママ(神奈川県)
旅の宿昭和の歌を口ずさむ プルチネッラ(大阪府)
夕焼けが抱き締めに来る独り旅 三吉誠(福岡県)
寂しさがスパイスになる一人旅 澄海(愛知県)
湯けむりでほうれい線も上がりぎみ はなみずき(新潟県)
計画を立てた時から旅気分 タッキー(鹿児島県)
旅先で欠かせないのは丈夫な胃 和歌子(山形県)
受験生とりのこされる家族旅行 藤井優花(愛知県)
旅先で写真の中の香り知る 早崎映里奈(愛知県)
田舎旅プラネタリウムを外で見た 林樹希(愛知県)
旅行時はグーグルマップ信仰者 細井成美(愛知県)
靴ひもを固く結んで一人旅 藤田真帆(愛知県)
遠い日に夜汽車の窓に母の顔 河原木栄子(宮城県)
主婦の性献立うかぶ旅がえり 佐々木宏子(神奈川県)
外国で日本人だと気づかされ 工藤洋一(青森県)
倦怠期旅であうんの息もどる 海老原順子(茨城県)
旅支度迷ってスマホ置いていく 住吉美和子(大阪府)
新しい下着に替えて旅に出る 双六(福島県)
ハイチーズ全員マスクでも笑顔 河野泰子(大阪府)
一泊で「曾良」の気遣いわかる旅 宮本康孝(和歌山県)
まず土産名所旧跡後まわし 篠原恒彦(埼玉県)
気がつけば異人ばかりの旅の宿 荒木光弘(東京都)
長旅に多めの薬とマスク持ち 川畑幸雄(鹿児島県)
女将から見頃ですよの花メール 住野次郎(兵庫県)
ネットではない街の顔旅で知る 風信子(奈良県)
温泉で離れてわかる想い人 有田真子(大阪府)
はしゃぎすぎテンパりすぎてちがう駅 林澪佳(岐阜県)
旅先の小石一つも宝物 水野元貴(岐阜県)
旅心自粛要請受けつけず 金子修(栃木県)
テレビでは愛想よかった宿女将 田村常三郎(秋田県)
父の旅どんどん渋く近くなり ヨシト(青森県)
初めてのペディキュアをして旅支度 ささゆり(大阪府)
金欠がくれた一駅分の旅 岡村理江(愛媛県)
ホテルにて迷子湯冷めの人となる 一言一恵(山梨県)
苦手などあろうはずなし旅の膳 ラー油ばん(奈良県)
いい風が吹くから旅に出たくなる クジラ(神奈川県)
一人旅GPSで捉えられ 西荻の髭爺(東京都)
家族だもん犬も泊まれる宿探し 辻ひろみ(愛媛県)
旅の日は母さん少し美しい 拓郎(兵庫県)
旅の宿ポイント還元キャッシュレス コッキープラス1(神奈川県)
恋バナも聞こえよがしに旅の宿 呆才(福岡県)
今は我慢旅行カバンが出番待ち さわさわ(神奈川県)
妻と書く今夜限りの忍び宿 のぼやん(島根県)
帰国して通い始めた英会話 大海の真珠(千葉県)
土地柄も人柄も出る旅の宿 まどけい(東京都)
呼び込みも冴えぬマスクの観光地 貞住みえこ(神奈川県)
行きたいと言ってた君がいない旅 ちよ(大阪府)
グーグルで見た街並みをたどる旅 髙杉 力(大阪府)
同じ場所写真の中のしわが増え 冴木里左(山梨県)
ヒロインになって聖地を巡礼す まーさ(千葉県)
乗り継ぎの駅に落ちてた旅心 木立慈雨(宮城県)
旅でなら素直に言えるありがとう 山宗雲水(栃木県)
夫婦旅同部屋に寝る非日常 壮年隊(兵庫県)
スマホにも保存できない旅の空 わこ(栃木県)
旅の宿Wピースのカニと孫 りつまるバアバ(兵庫県)
絶景に目だけ笑ったマスク美女 はなばあば(滋賀県)