福島誠一

憧れのスイス・アルプスへ2009年の夏、妻と旅をした。マッターホルン、ユングフラウ、ベルニナ山などの高峰に近づくと、地表は万年雪と氷河に覆われている。「青みを帯びて光ってるのが氷河。白い方が雪です」と女性のガイドが解説してくれた。

ベルニナ山に近いモルテラッチ氷河を望む谷を歩いた。氷が溶けて岩だらけの谷になったのだ。所どころに、氷河が存在した年代を示す標識が立っていて、氷河がじりじり後退したさまが分かる。地球温暖化の凄まじさを突きつけられたようで、急に恐ろしくなった。

中腹の草地にはハイキングコースが伸びる。牛の放牧も行われている草地は大抵お花畑だ。青紫や青の花をつけたリンドウ、バラに似た紅い花のアルペンローゼ、西洋うすゆきそうとも呼ばれる白い花のエーデルワイスを見た。「スイスの三名花」と称される高山植物だ。

一方、毒草のキンポウゲの群れが小型で鮮やかな黄色い花をびっしり開いている。「牛は有毒なのを本能的に知っていて食べないから、この草が増えるんです。干し草にして与えても残しますよ」とガイドさん。わが国では、有毒な野草、山菜を誤って食べ、中毒にかかる人が後を絶たない。牛の知恵が羨ましい。

さらに高村光太郎の「牛」と題する詩の一節には「三里さきのけだものの声をききわける」と敏感、卓越した聴力が描かれている。

文明社会に浮遊する当方は危険を察知する力はおろか優れた聴力、視力、脚力にも欠けている。と思っていたらある日、耳が聞こえなくなった。耳鼻科医院に駆けこんだところ「耳あかがたまって穴が塞がっています」という意外な診断。取り除いてもらうと元に戻った。しょげていると、最近の新聞に「耳あかは殺菌作用があり、虫を入りにくくする働きもあるといわれる。耳あか掃除のし過ぎは要注意」との名医の話が載っていた。そうか、虫の侵入にわが身は強いのか。他にも何か能力が隠れているかも知れない。ほんの少し自信を取り戻した。

山ろくの野には高山植物の花がいっぱいだ

特急列車と欧米人観光客

マッターホルンの威容

福島誠一