太田 博

いつもの年より一ヵ月近くも早くやって来た5月末の台風2号による激しい風雨の中、新潟に旅した。

源義経や上杉謙信に所縁があり、越後最古の名刹である国上寺への参詣が目的だが、私にはもう一つ重要な狙いがあった。イワシの「焼き干し」の入手である。酒肴に素晴らしく、汁のダシにも抜群の干物である。

新潟市民ばかりでなく、観光客にも親しまれている新潟市の「中央市場」

早稲田の学友が地元の銀行に勤めていた縁もあって、新潟には何度も訪れているが、新潟駅に着くや真っ先に駆け付けるのが「本町市場」である。中心街の裏側に古くからある市場だが、地元産の山海の珍味が揃っている。そこへ行くと、必ず「焼き干し」が手に入った。

焼き干しは、この店では「焼干子」として売られていた。高価品で、ちょっと驚く

焼き干し―こう言ってしまうと身もふたもないが、焼き焦げのついた煮干し、である。青森の陸奥湾沿岸が本場らしいのだが、新潟産も美味い。

15センチほどのカタクチイワシ(秋口の脂が十分乗ってないのが最良)の内臓を除去する。丁寧に水洗いし、半乾燥させた後、一尾ずつイカダに串刺しして、遠火の強火でゆっくりと焼き上げる。さらにそれを何日か天日干しにして完成。すべて手作りである。一度、製作過程を拝見したことがあるが、漁師のおかみさんたちが細かい作業に精魂込めていた。

箱詰めはお徳用で、この店では1箱1万円だった

ひょっとしたら、焼き干しの味は、この根(こん)を詰めた手仕事そのもののような気がしている。今どき、これほど手間暇掛けた食い物があるだろうか。私は、手間を惜しまない、おかみさんたちの屈託のない姿を思い出しながら、貴重な一尾を口にしているのである。

ところで、今回の新潟行きの首尾だが、悲しいことに時間が悪く、市場は閉じていた。いつもだと、入った店に品物がないと、「あそこならあるはず」と、一緒に探してくれるおかみさんがいたのに…。

「もしかしたら…」と、友人が案内してくれた古町通り脇の干物屋も閉店していた。
「後で、送ってくれよ」。友人に依頼して帰路についた。          

取材:2011年5月

太田 博