旅に出ると、思いがけないことにぶつかるものです。
昨年4月、井筒屋という古い宿で芭蕉と曾良のことを話すため、新潟県村上市を訪れた時のことです。
村上駅から歩いて行くと、後から「こんにちは」と女性の声。どこかのあいさつ運動で実践したことのある私。気軽に「こんにちは」、と振り返ると、何と巡査さんがにこやかに立っていました。自然な流れで同じ方向に並んで歩くことになり、私の青少年関係の仕事の話を聞いていただいたり、建物など町のガイドまでしてもらったり。
村上はかつて村上藩の城下町として街が発達し、いまでも武家町、商人町の特徴がよく残っているのだそうです。目的の井筒屋は商人町の中にあり、染め物や塗り物の店や黒塀の続く家並みもあり、歩くだけで楽しめるところです。長い人生の中でも、巡査の方と街を歩くことになるのははじめてでした。井筒屋に着くと、「ここのカフェで出しているマフィンはおいしいんですよね!」と女性らしいご案内もあり、村上の自然体の温かい心にふれることができました。
この旅で驚いたのは、これだけではありませんでした。
井筒屋は安政2年(1855)に出版された『東講商人鑑(あずまこうあきんどかがみ)』には既に記載がある歴史ある旅館で、芭蕉と曾良もここで2泊しています。文化庁の登録有形文化にも指定されているこの宿は、現在も1日1組だけ宿泊ができる宿屋として営業しています。芭蕉の足跡を自分も踏み、同じように夜を過ごすことができるのは、『奥の細道』に親しむものとしてうれしいことです。
この宿は、夕食は出しませんが、朝食は出ます。この日は、「素材の味を楽しむ御膳」。その献立は、
- 名物の鮭(塩引鮭)……塩引ができるのは村上だけ
- 青こごみのゴマあえ……美味
- 山人参のおひたし……珍味
- 山ウド、こんにゃく、あつあげの煮物
- 自家製の豆腐……絶品
- 自然のものの三つ葉とあざみのみそ汁
- コシヒカリに雑穀が入ったご飯
どれも、地域の自然の材料を生かした、女将の鳥山潤子さんの手づくりです。お昼には、春の香り・コシアブラの天ぷらもいただきました。どのお料理も手をかけていて、もてなしの心が感じられます。私も宴会や料亭の上等な料理をかなり食べてきましたが、このおいしさと心遣いには驚きました。これは、とやかく私の口で説明するよりも、井筒屋へ行って賞味するのが一番かと……。
肝腎の講義は、皆さん熱心な方ばかりで、これも良かったのですが、講師が私ですから……? 巡査さんの温かい心と鳥山さんの心のこもった料理には、正直言って、負けました。