「密」を避けて「お湯」と向き合う旅(三朝温泉 桶屋旅館にて)|小松 歩(会社員・温泉ライター)

2021年3月21日、緊急事態宣言が全県で解除されました。今まで我慢していた旅行を楽しみにしている方も多いのではないでしょうか。温泉好きとして、今まで苦しんでいた温泉地のにぎわいを見ることは嬉しいのですが、その半面、「密」の不安と隣り合わせです。それを気にせずに温泉旅行を楽しむのなら、小さな旅館でお湯そのものに集中するのも一つの選択肢ではないでしょうか。

鳥取県三朝町に湧く「三朝温泉」は、三徳川沿いに20軒ほどの旅館・ホテル・民宿がたたずむ山陰地方屈指の温泉地。平安時代末期からの長い歴史があり、明治時代に世界レベルのラドン(放射能)が温泉に含有されることが発見されたことから、現在では温泉を研究する大学機関や療養施設まで有しています。大きな旅館やホテルも多く、温泉街の中心は飲食店や遊戯施設、土産物屋が立ち並び、にぎやかな雰囲気。そんな温泉街の中心から少し離れた静かな通りに、客室が全8室という小さな宿「桶屋旅館」はあります。

ここは大正時代の創業から「湯治宿」として親しまれ、今でも湯治目的で連泊のお客様も多く訪れます。宿の温泉は日帰り入浴不可のため、お湯に集中できる環境が整っています。その名物は、三朝温泉では珍しい「自家源泉」を楽しめる「桶屋の湯」。源泉の湧いているポイントに浴槽を作っているため、湯船の底からじわじわとお湯が出てくる「足元湧出」です。

服を脱ぎ、階段を降りて湯に漬かる半地下の構造も面白く、令和の時代から隔離されたような独特の「ひなびた空間」の中、お湯とじっくり対峙(たいじ)することができます。

泉質は、含弱放射能-ナトリウム-塩化物泉。無色透明のお湯は、ほのかに鉱物らしい湯の香りが漂い、ほんのり塩気を感じます。スベスベ感とミネラルのキシキシ感を同時に味わえる肌触りも入り応えありです。

放射能という言葉はマイナスのイメージを持っている方もいらっしゃると思いますが、この泉質は「万能の湯」といわれるほど効能豊か。細胞に刺激を与え活性化し、体質改善や免疫力アップに効果があり、「ホルミシス効果」と呼ばれています。三朝温泉エリアのがん患者は、全国平均に比べ少なく、がんの死亡率は全国平均の半分というデータもあります。

旅行のもう一つの楽しみである食事は、見た目に豪華絢爛なものはありませんが、地元の旬の食材を使用したメニュー。地元三朝町産の米や地場の魚や肉を使った料理とともに、地酒「鷹勇(たかいさみ)」を堪能でき、身体も心も喜んでいるようでした。

緊急事態宣言は解除されましたが、まだまだ油断は禁物。そんな中でも行きたい温泉旅行。いつもはアクティブに飛び回る方も、今の時期は宿でじっくり温泉そのものと対話してみてはいかがでしょうか。一つのことに集中すると、今までにない充実感があるものです。桶屋旅館で過ごす時間は、そんな素敵なひとときでした。

(小松 歩/会社員・温泉ライター)

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自家源泉の足元湧出が楽しめる「桶屋の湯」