赤澤 信次郎

ここは山陰の秘境・隠岐。ローソク島の先端で赤々と輝くのは、日本海に沈む夕日だ。海は広く、空は高く、息をのむ断崖絶壁、樹齢千年を超す巨木、牛が遊ぶ牧草地など、大自然が演出するベストショットスポットがてんこ盛り。その誘惑に勝てず、つい仕事モードで撮影に熱中してしまった。のんびり、ゆったりと島時間に身を任せる心づもりだったのに。

出雲縁結び空港から隠岐空港まではコミューター航空のプロペラ機でわずか30分。隠岐は本土に近い3つの島、島前(どうぜん)と、隠岐空港、西郷港のある島後(どうご)から成る。

空港からまず訪れたのが玉若酢命神社。小さな離島に大小合わせて150社もの神社がある隠岐の中でも、総社として格式を誇る神社だ。毎年6月には、神馬の手綱を取る人が馬と一体となって参道を駆け上がる勇壮な馬入れ神事が行われる。境内には、国指定の天然記念物で、樹齢千数百年と言われる「八百杉」。

都万地区の「壇鏡(だんぎょう)の滝」は「日本の滝百選」にも選ばれた名滝。岩壁を背に落差50㍍の雄滝と40㍍の雌滝が2本落ちている。

夕方になるのを待って遊覧船で海上の奇岩・ローソク島を目指す。「しゃくなげ号」(10トン)の船長・福浦清貴さん(61)から「このところずっと悪天候続き。皆さんはよほど行いがいいんですね」と褒められ、張り切ったものの、岩の先端、ろうそくの芯の真上に落日がピタリと止まる決定的瞬間がなかなか捉え切れず、焦る。会心の作にはいま一歩だが、次回を期すしかない。 

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翌日はフェリーで島前の西ノ島に渡る。まず遊覧船で海から国賀海岸見物へ。圧巻の絶壁「摩天崖」、自然が彫り上げた傑作「観音岩」、天空への架け橋「通天橋」とスケールの大きい絶景が続く。

最後に現れたのが、パワースポットとして人気の海上洞窟「明暗(あけくれ)の岩屋」。船は狭く真っ暗な洞窟の中をそろそろと進んで行き、最奥でライトを消し、エンジンを止める。瞬間、自然の懐にすっぽりと抱かれたような気分になった。

続いて、今度はバスで摩天崖の上に出る。「赤尾展望所」から日本海の大パノラマを見渡した後、通天橋までは険しい下り坂。標高差257㍍。ガクガクする膝を自分でも信じ切れず、転げ落ちないように足元を見るのに必死で、周りの景観どころではなくなった。

夕方、内航船で中ノ島へ移動し、隠岐神社の夜参りに参加する。同神社の祭神は後鳥羽上皇。承久の乱に敗れ、19年間の配所暮らしの末に島で亡くなった。歌人としても当代一流で、藤原定家が小倉百人一首を編んだ裏には帝を忍ぶ強い思いがあったとされる。

夜参りを始めた動機について村尾茂樹祢宜(43)が言う。「夜の暗さ、静けさの中で、今の人たちが800年の昔ここにおられた院と少しでも心を通わせていただけたら」

最終日は、知夫里島で隠岐一番の展望台、赤ハゲ山頂上からの眺望に心躍らせ、海に向かって垂直に切り立つ絶壁「赤壁」を怖々のぞき込んだ。
小さな離島で、地球の壮大さ、不思議さを実感させられた。

(2014・10・17付『東京中日スポーツ』から転載)

国賀海岸の絶景。右上が摩天崖、左下に通天橋

迫力満点の巨大な岩石の壁、「知夫の赤壁」=知夫村で

《あし》 羽田空港―出雲縁結び空港は約1時間25分、出雲空港―隠岐空港は日本エアコミューターで約30分◇島根県観光連盟 電0852(21)3990、島根県東京事務所(にほんばし島根館)電03(5201)3310。

《あじ》 『サザエ丼』=新鮮な日本海の幸が自慢の西ノ島町のご当地メニュー。別府港そばの欧風料理店『コンセーユ』電08514(7)8671の「サザエ丼」はたっぷりのサザエ、アラメ、メカブに温泉玉子が添えられ、濃い目の味付けがおいしい。みそ汁付きで1000円(税込み)。「サザエカレー」もイケる。

《ただいま!》 「島根の人は幸せですね。こんな別天地がすぐそばにあって」と言ったら、地元の人が答えた。「島根県人で隠岐にひかれる人は少数派です。皆が行きたがるのは東京です」。そうか。「自然の豊かさ」は自然の中にいては見えにくいものだったか。

2015・9・16サイトにアップ

赤澤 信次郎