2020年は取材に出るのが大変困難な年となってしまったが、いったん落ち着きかけていた9月上旬に、山梨県勝沼町を伺う仕事を得た。テーマは“日本のワインのルーツを訪ねて”。昨今日本のワインはブームになっており、北海道から九州まで広い範囲で新規のワイナリーが続々と誕生している。とはいえ、日本におけるワインの聖地は、ここ勝沼町であることは誰もが認めるところだ。向かったのは、「柏尾山 大善寺(かしおさん・だいぜんじ)」。開創718年の古刹として知られるが、「どうしてワインの取材でお寺?」と疑問を抱かれてしまうことだろう。
それにはまず、日本におけるワイン用のブドウ品種の話から。実は日本でワインの原料に用いられているブドウは多種多様、シャルドネやメルロなど馴染みのあるブドウはヨーロッパ系品種に分類され、その苗木は海を渡ってきたもの。対して山梨県では古くから栽培されていた日本固有の品種のブドウを、ワインに醸してきた。そのブドウの名前が甲州である。
甲州の起源については諸説あるが、そのひとつに僧の行基が甲斐の国を訪れた際、右手にブドウを持った薬師如来が夢に現れたという伝えがある。行基は大善寺を建て、その姿を刻んで安置した後ブドウの種を撒き、栽培方法を教えたと語り継がれてきた。そのブドウこそ甲州で、左手にブドウを載せた薬師如来像は国重要文化財指定。大善寺が“ぶどう寺”としても愛されている所以である。
甲府盆地の東端に位置する勝沼は9月に入っても酷暑。体感温度は40度を超えているなと嘆きつつ、147段の石段を上って本堂である薬師堂を目指す。5年に1度しかご開帳されない薬師如来像を拝むことは叶わなかったが、築730年以上、関東周辺で最も古いとされる木造建造物は見学するだけでも十分に価値がある。ただこう記してはみたものの、寺社仏閣にあまり関心のないワイン好きの目的が、別にあることは明らかだ。
参拝を済ませたら、寺の客殿で休息をとる。座敷の前に広がる日本庭園の眺めに見惚れながらいただくのは、お茶ではなくて実はワイン。そうこの寺には「ワイン拝観」なるものがあって、通常の拝観料500円にプラス300円でグラスワインを味わうことができるのだ。しかもこのワイン、境内の畑で育てたブドウを住職自ら醸していると聞けば、興味を覚える方も少なくないだろう。ワインは甲州の白と、やはり日本の固有品種のマスカット・ベーリーAの赤の2種。今回の取材目的から、もちろん甲州を指名。その後にマスカット・ベーリーAまで飲んだかどうかは、ご想像におまかせしたい。
(とがみ淳志/ワインエキスパート)
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甲州のワインは吟醸酒のような華やかな香りと、やわらかな果実味が特徴