熊本県に近い宮崎県の山奥に五ヶ瀬町という小さな山村があります。そこに「神の手」という名の巨大なヒノキがあるという話を産経新聞の記者に聞いたのはもう13年前のこと。5年前の春に宮崎を旅していた私は急にその巨木の記事を思い出し、進路を変更。熊本空港から帰京することにして一路、山深い五ヶ瀬町に向かったのでした。
産経新聞の一面をカラーで飾ったくらいの巨木であれば村内に案内くらいはあるだろうと軽く考えていた私はそこにたどり着くまでに予想以上に苦労することに。町に入っても特に市街地らしきものは見当たらず、歩いている人もすれ違う車もなし。日が暮れる時間も押し迫った中、役場に駆け込んでも「聞いたことはあるが行ったことがないんです」。当時はネットを見ても地図らしきものにたどり着くことができません。
さて、困ったなと思いつつも国道沿いの雑貨屋さんで聞いてみることに。古びたドアを開けると視界にはなんと目指すべき大ヒノキの写真があるではありませんか。聞くとその大ヒノキは近所に住む方が林道を整備し、周辺をご自身できれいにされているとのこと。やっと目指すべきところに出発です。
ところがいただいたメモの通りに右手の橋を渡って左に3キロ進むとあるはずの巨木が一向に出てきません。夕暮れが迫り、細い林道をひとり進む不安さ、そして帰りの飛行機の時間も気になります。これは道を間違ったのか、縁がなかったか、とあきらめモードになりかけて引き返そうとしたその瞬間です。
先方に手を振るご老人がいるではありませんか。
「もしや嶋さんですか?」
あれ、なんで僕のこと知ってるのだろう?と思いきや、道を聞いた雑貨屋の女将さんは後に大ヒノキを管理している方に電話をしてくださったのです。いやびっくりの瞬間ですよ。すぐにご案内をいただいたその大ヒノキは「祇園の大ヒノキ」といい、推定樹齢は約800年、高さ27mの姿から7本の枝がまっすぐに天に向かっています。そのご老人は奥村重治さん。林業関係の仕事を引退されてからは畑に水を運ぶ治水設備を整えたり、祇園の巨木に至る道や案内の看板を行政に頼らず、自ら製作された方でした。
奥村さんは「自然は自然のままに。少しだけ手をかけてきれいにするくらいでちょうどいいんですよ。」人間にとっては便利になることは都合がいいけれども自然にとっては大迷惑なはずです。
先日5年ぶりに奥村さんに会いに行ってきました。神の手を見て触って、深呼吸。人生に行き詰っていた5年前は道標となり、次のステージに向かおうとしている今は背中を押してくれているような気になります。
天孫降臨で有名な高千穂の地の一角にそびえる祇園の大ヒノキ。駐車場やトイレが整備された観光地でもなんでもありません。そこには唯一無二の巨木とそれを守る人の姿のみ。私にとって特別な「神の手」は迷ったときに進むべき道を教えてくれる道標の神様に見えてしまうのです。
(嶋啓祐)