旅ペン賞40回記念特別企画「あの旅ペン賞はいま」〜長野県・戸倉上山田温泉「滝の湯旅館」

 「むらかみ町屋再生プロジェクト」に贈られた第40回・日本旅のペンクラブ賞(以下、旅ペン賞)。これまで全国の様々な団体に賞を贈呈してきました。そこで「あの旅ペン賞はいま」と題し、足跡を振り返ります。1回目は48年前、昭和47(1972)年の「第1回旅ペン賞」のいま──

第1回の「旅ペン賞」は・・・ドコに!?

第1回旅ペン賞は、長野県・戸倉上山田温泉の「滝の湯」旅館に贈られた。検索サイトに「戸倉上山田 滝の湯」と入力するも・・・該当する宿がない!今は経営が変わり、「玉の湯」となっていた。いきなり難航か?思えば、今年の賀詞交歓会に「信州千曲観光局」の方が見えていた。早速、吉池伸光事務局長と連絡を取った。
 「どうやら、旅ペン賞、無いようですね」
電話口から吉池氏の沈んだ声が聞こえた。吉池氏は、経営を引き継いだ「玉の湯」に問い合わせ、旅ペン賞の賞状や盾は存在しないことを確認。勢いで始めた新企画、まさかの電話1本で終了と思われたその時、吉池氏が続けた。
「滝の湯を詳しく知る方がいます!」

元「旅の宿 滝の湯」主人・武井功氏に訊く、「第1回旅ペン賞」

紹介いただいたのは、平成30(2018)年5月まで「旅の宿 滝の湯」の主人だった武井功氏(58)。「滝の湯」は、信州の田舎宿をコンセプトに創作田舎料理によるもてなしを行っていたという。早速、第1回旅ペン賞について伺った。

―今から50年近く前の旅ペン賞、憶えていらっしゃいますか?

当時、私は小学3~4年生でしたので、残念ながら記憶はありません。ただ、(経営を担っていた)父から、「旅ペン賞」の授賞にまつわるエピソードは聞いています。草創期の旅ペンメンバーだった加藤蕙さん(紀行・歴史作家、故人)が宿泊されたのをきっかけに、旅ペンの皆さんに「滝の湯」のいい評判を広めて下さいました。そのご縁で数年、旅ペンの総会を「滝の湯」で開いていたんです。

―旅ペン賞の授賞理由について、お父様から何か聞いていますか?

当時、「滝の湯」では、知的障害者を2名雇用し、旅館の仕事を通じて、社会生活を送ることが出来るように教育を行っていました。いまでは、(一定規模の企業ですと)障害者の雇用が法律で義務化されていますが、当時はまだ、補助金も出ない時代でしたので、先進的な取り組みだったのかもしれません。このことなどを、当時の旅ペンの皆さんが高く評価して下さったのではないかと聞いています。

―気になる旅ペン賞・・・、いまはドコにあるんですか?

残念ながら、ありません。「滝の湯」の建物は、昭和54(1979)年に、火事で全焼してしまいました。この時に、当時の旅館に保存されていたものは、全て失われてしまったんです。そして「滝の湯」も、2年前に営業を終了いたしました。せっかく、このために取材して下さったと思うのですが、申し訳ありません。

―でも「滝の湯」が発掘したご当地グルメが、いまも戸倉上山田温泉に息づいているそうですね?

父が約80年前、夕食の〆として出し始めた「おしぼりうどん」です。「辛み大根」という、この地域独特の小さい大根のしぼり汁に味噌を溶かしたつけ汁でいただきます。信州は蕎麦が有名ですが、じつは蕎麦は“高級食材”でしたので、庶民の味はうどんでした。下火になった時期もありましたが、いまではTVにも取り上げられたりして、戸倉上山田温泉の温泉街でも、数軒の飲食店で「おしぼりうどん」をいただくことが出来ますよ!(武井功氏インタビュー・終)

 武井氏は現在、養殖イワナ、信州サーモンなどを販売する会社に勤務。引き続き、旅館等との接点もあり、観光業、旅への情熱は衰えていない。残念ながら、第1回旅ペン賞の賞状や盾に、出逢うことは叶わなかったが、旅ペン賞のスピリッツは武井氏に受け継がれていると感じた。信州・千曲川流域は、昨秋の台風被害が大きく、今年初めに持ち直しかけていた中でのコロナ禍。一定の収束をみたら、旅ペンゆかりの地・戸倉上山田温泉へ足を運んでみてはいかがだろうか。

(文・写真:望月崇史)
※旅びと2020年7・8月号より

千曲市・坂城町エリアの郷土料理、おしぼりうどん。 ねずみ大根をすりおろし、絞った汁に信州味噌を溶 かしたつゆにうどんをつけて食べる。

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戸倉上山田温泉・城山。夜にはネオンサインとなる。現在も30件以上の宿が軒を連ねる長野県きっての温泉街。